【マレーシアにこんな人間いるんだ!?】


97年、アジア通貨危機の目あたり、

親が結婚して以来7年間ほど待ちに

待っていた僕が無事に生まれた。



母は父より7歳も年若いではあるが、

37歳でかなりのハイリスクを取られながら、

僕を産んでくれた。



僕が生まれる前、つまり

97年のアジア通貨危機以前には、

マレーシアのGDP経済成長率が9%台の

高度成長を続ける中、外資を導入し、

電気機器や鉱業、農林業など製造業が

メインで、天然ゴムやパーム油などの

輸出でアジア新興国としての役割を

果たせていた(最近は怪しいが)。



その中、なぜか多くの日本人が

マレーシアをロングステイ先トップ

として希望され、マレーシアの在留邦人数が

22,789人である一方、在日マレーシア人は

16,571人となっていることがわかる。

(外務省、平成26年10月)



マレーシアと日本・日本人との

親密感がお互いをかなり持っているようだ。



父母は、このマレーシア多民族国家で

中華系二代として生まれ、

そして僕がその3代目になる。

お婆ちゃんがまだ元気に生きているが、

船でマレーシアに渡ってきた原因は

例外なく、当時に世界2戦があったから

である。生き残るために、中国の故郷から

離れるほかにならなかった。



また、マレーシアで僕みたいな

3代目中華系人間というのは、

北京語・広東語(方言)できるのが

当たり前、そして学校教育で

やられた英語やマレー語(国語)。

僕の場合は、さらに日本語。

凄そうに聞こえるが、

その本質をお伝えしよう。



来日ばっかりだった頃、

ある中華料理屋でアルバイト

をしていた。店長は昔中国で

料理を教わったことがあると言い、

たまに中国語の単語で話しかけてくれ、

良い雰囲気を作ろうとしてくれていた。



ところが、いざと注文が入る時に、

日本語か中国語か、わけわからなく

喋ってくるので、本当に困った(笑)。



まあ、たくさん言語が話せても、

思い通りにうまく使い分けられないのが、

僕だけなのかな?(笑)

あなたはどうですか?

よければ ↓ のコメント欄に教えていただけるとうれしいです!(笑)

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