【バイオリン下手くそすぎて叩かれた人間が語る!?】


母は7年間ずっと待ちに待って、

僕を産んでくれた。しかも、

一人っ子ということもあり、

小さい頃からいつも大事に

大事に育ててくれていた。



7歳の時から音楽教室に連れられ、

音楽をやらせてくれた。また、

母は幼稚園の教師だったため、

いつも教育に関する本を手にし、

僕のことをネズミみたいに

試しで実験してきたこともある

らしい(笑)。



僕の人生には、ある出来事が

10年も経ったが、今でも

心の中に留めている。それは、

7歳の時にバイオリンの

恩師に出会えたこと。



7歳から11歳まで、バイオリンの

あらゆる演出技術や練習法などを

教わったり、人生のことも

教えてくださいました。



当時、自己中心で恩師の話も

うんうんと聞かず、

練習もやらずわがままだった。



そうは言っても、

恩師は厳しかった。

例えば、FとF#の間に、

間違えてしまったたびに、

背中の後ろから手が強く叩かれ、

これがごく普通みたいな

(違法かな?)。



まあ、今では許されないし、

ありえないと思うが、とにかく

当時の痛さと怖さは今になっても

いくらでも思い出せる。

バイオリンのレッソンといえば、

怖いイメージしか持っていなかった。

でも、音楽が本当に好きだから

続けられたんだろう。そのおかげで、

僕は打たれ強い性格を持つようになり、

ラグビー精神のように、「戦うぞ」と

思うと、最後までやり切らないと

気が済まない。




そして11歳ある日に、

母から電話が来た。

「もう、あなたこれからバイオリン

レッソンいかなくても良いよ、、」と

声や気持ちも沈みながら伝えてくれた。



「もう前から病院にずっと

通ってたのを知ってたじゃん、、

そりゃそうだよ、、」と強がりを

張りつつ、涙がボロボロで、

心の中に何かが失われたような

気持ちになった。人間って本当に

亡くなられるんだと、

初めてそう感じた。



それ以来、

バイオリンを練習する

気もなくなり、音楽に

落ち込む2年間を過ごした。



その後どう乗り越えたかは、

正直、どうでも良い。

でも今でも覚えていることは一つ。

それは、恩師が、「人生には

出会いもあれば別れもある」とのことを

最後のレッソンとして教えてくださいました。



だからもしいま、

大切に思う人がいるならば、

その方に、正直な気持ちを、

まっすぐに、伝えて行きましょう。

そして、生きている瞬間を、

全て大切に、飾らず、

ありのままの自分で、

相手のことを心から、

ハーグしていきましょう。

正直に生きる人は無敵です。


そして、その方も、いずれ

私たちの側から離れていんだと、

自覚をもって接すると、

感謝な気持ちが湧いてくるのです。



だから、ここまで読んでくれるあなたに、

本当にありがとうございます。

あなたがいなければ、

私がここに存在する意味も

なくなります。

お互いに、頑張っていきましょう。


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